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水をめぐる文化・文明・・・水の世界ブランド、「エビアン」 (2018年7月)

先進国では21世紀に入って、「水道水」の消費量は減る傾向にある。節水機器の普及や省資源意識の浸透から当然のことだろう。しかし、「ボトルドウォーター」の消費量は増加傾向である国は多い。

ヨーロッパでレストランに入ると、ワインを注文しなくても、「ノンガス」か「ガス入り」か、どちらかのボトルドウォーターを注文するのが通例である。実にいろいろなボトルドウォーターの銘柄があるなかで、ちょっとシャレたレストラン、または星のつくようなレストランでは、「ノンガス」のボトルドウォーターは「エビアン」が圧倒的に多いように思う。写真はイタリアのレストランで撮ったもので「ガス入り」はイタリア銘柄だが、「ノンガス」はフランスのエビアンである。ヨーロッパだけでなく世界的に多くの高級レストランで採用されるエビアンは、「水の世界ブランド」といえる。

日本のボトルドウォーターは六甲とか富士とか大山とか「山」の名前が多いが、エビアンは「街」の名前。フランスとスイスに挟まれた湖、レマン湖の南側の真ん中辺りに位置する、フランスの地方都市である。イタリアからスイスにレンタカーで移動する途中、エビアンに泊まったことがある。エビアンの正式名称はエビアン・レ・バン(Evian les Bains)で、「レ・バン」は鉱泉・入浴施設という意味。日本のように温泉ではなく、天然水が湧き出る場所の意味である。

フランスでエビアンといえば、古くから保養地として知られ、避暑地でもある。名所旧跡があるわけではなく、ホテルで泊まってもレマン湖を眺望するくらい。あとはエビアン水の室内温水プールでリラックスするぐらいである。エビアンの街は湖沿いに広がるが、山手の森の中にもホテルや邸宅が点在するので、山手に行くための無料登山ケーブル(「フニクラ」)がある。フニクラは夏だけの運行で、私が訪問した11月は動いていなかったが、歩いて登っても大した距離ではない。そのフニクラ終点に「水の博物館」(上の絵葉書)と、その向かいに有名なエビアン水源「カシャの泉」(右の写真、ウェブから取得)がある。

アールヌーボー建築の「水の博物館」は1903年に建てられたそうで、100年以上前からエビアン水が有名だったことを物語る。「カシャの泉」のほうは屋根付きの水飲み場のようなもので、いつでもエビアン水が飲めるし、持参のボトルにタダで汲める。これが世界に冠たるエビアンの源泉と言われてもピンとこない。あたりは人気のない古い街並みで、水充填工場などは見当たらなかったが、日本のコンビニでエビアンを買って裏ラベルをよく見ると確かに「カシャ水源」と書いてある。

ヨーロッパのレストランでは、ボトル入りエビアンはハウスワイン1杯より高価な場合も多い、高級ブランドである。一方、スーパーの店頭で売られるボトル入りエビアンは、他のミネラルウォーター銘柄より若干高い程度で、極端な価格差はない。日本でも、多くのコンビニでPETボトル入りエビアンが売られているが、日本製ミネラルウォータ―に比べて特別高いわけではない。高級ブランドの地位を確保しながら、普及品として量も稼ぐというのは、ブランド戦略としては極めて巧妙といえる。ルイヴィトンやカルチェに、販売チャンネルによって高価格品と普及価格品があったりしたら、プレミアムブランドとして成立しないだろう。トヨタは高級市場向けにレクサスという別ブランドを作って対応しているが、エビアンは一本で勝負している。

考えてみればフランスの水を世界中に運ぶなど、まことに資源の無駄遣いである。ボトル詰めや輸送でどれほどのエネルギーや石油を使っていることか。それでもエビアンは今日も世界中に出荷され、消費され、お金を稼いでいる。エビアンはなぜ「水の世界ブランド」になったのか。もちろん、水質や歴史もあるだろうが、それだけではない。水ビジネスの究極モデルの一つとして研究すべき価値があるとおもう。多くの商品でいえることだが、「ブランド化」は多大の恩恵と付加価値をもたらす。

(役員:S.Roan)

犬好きなので犬の話 (2018年6月)

                      

 我が家では、モモという名前のグレートピレニーズを飼っていました。
グレートピレニーズは、フランス原産で名前の通りピレネー山脈で家畜護衛犬として活躍した犬で体は大きく、長毛で、真っ白または白を基調としたコートで灰色、黄褐色の様々な濃さのブチ(耳周りにあることが多いようです)があるのが特徴です。ルイ14世、マリーアントワネットに気に入られフランス宮廷で護衛犬をしていたこともあるようです。日本では、アニメ「名犬ジョリィ」のモデルとしてや松田聖子と中島みゆきと共に化粧品のCMにも出ていました。(これで伝わるかな?)

 グレートピレニーズの特徴としてもう一つ狼爪が2本あります。狼爪とは親指に当たる部分で犬によって、あったりなかったりするようです。人間でいうところの尾てい骨の様なもので進化の名残だそうです。グレートピレニーズは、犬種としては原始的な部類に属し、血統的に狼に近い犬種だからみたいです。飼っていたモモにもあって、ぶらぶらとぶら下がっていて邪魔じゃないのかなぁ?と思っていました。一般家庭では使うことはないですね。

 狼の話がでたので犬と狼の違いについて少し…こんな実験が行われたそうです。
肉を透明の箱に入れ、匂いが外に漏れる様に小さな穴が幾つか開けられています。前足や鼻先が入るような穴ではありません。それを見た犬と狼はどう反応するかという実験です。犬も狼も最初は必死で肉を取ろうとして前足や牙を使って色々やっていました。しかし箱は開きません。その後の両者の反応が大きく違ったのです。狼はどうしても箱が開かないと悟ると、肉を取るのを諦めてしまいましたが、犬は傍にいた人間の顔を見たのです。この行動は『人間に肉を取ってもらおう』と言う意識が働いたからです。これは大昔から人間と生活をしていた故の知恵だと考えられています。

 こんな実験の話を聞いた後にモモの事を思い返してみると家族が食事をしている時、一番甘やかしていた父に張り付いて、おこぼれをもらおうとしていた。これは、習慣によるものだろうと思っていたが、モモ自身はそんなに面識のない親戚達と家で食事をしていた時その場で一番おこぼれにあずかれそうな祖母に、張り付いていたのを思い出してヒトの仕草や雰囲気を観察して正解を導き出していたことにある意味感心した。(ただ食い意地が張っていただけかも)
 家で犬を飼っている人はよく観察してみてください。思っている以上にヒトの事をよく見ていて、飼い犬の新たな一面を発見できるかもしれません。

 あぁ~犬の事を書いていたら犬をモフりたくなったなぁ~

(技術担当:ルイ14世)

 

記念写真 旅先のはなし – in 桜の国‐ (2018年5月)


蹴上の琵琶湖疏水

 日本の桜は綺麗です。昔、ロンドンで再会した英国人の友人が、彼の日本赴任中に愛でた千鳥ヶ淵の桜の美しさを懐かしく語ってくれたことがあります。

 近年では、日本の桜の知名度は、欧米のみならずアジアにも広まっているようで、3月下旬から4月初めを狙って来日する東アジアの方も多いとのこと。小生も、2年ほど前に遭遇した外国人観光客の桜への憧憬を、「なるほどね!」と半分は感心しつつ、半分はあきれた経験があります。

 桜が満開の京都の蹴上を歩いていたときのこと、小生の10メートルほど前に人だかりが出来ていて、チラッと見たところ撮影用のレフ板を抱えたスタッフもいるようです。「さては『京都殺人事件 桜の花の乱れ舞』のロケ撮影に違いない!!」と慌てて走り寄ったのですが、直径3メートルほどの群集が囲む真ん中がポッカリと空いた輪の中には、背中を大きく開いた純白のドレス姿の女性とタキシードで決めた男性がニッコリと笑いながらカメラマンに向かってポーズを取っています。どう見ても大陸からのお客様。
                      


ハノイの花嫁

思い出の記念撮影

 中国や台湾、ベトナムなどの国では、結婚を控えた男女が、派手な服装で洒落た街角や景勝地で記念写真を撮影する習慣があります。きっと遭遇したカップルは、この写真のために遥々と春先の京都へと遠征してきたのだと思われました。

 なので「せっかく来たんだから元を取るわよ!」といった感じで、一番桜が美しい場所を堂々と占拠して往来する人たちを端に寄せ、何時間も「二人の世界」に入り浸っているようでした。
ヤレヤレ。

                      


アルバムの1ページ

 ちなみに彼らは、こうして撮りためた写真を厚さ10センチは超える大きな記念アルバムに仕上げて、披露宴への客人に引き出物として配るのだとか。貰った人は、いったいアルバムをどうするのでしょう?
 枕にするには固くて高すぎるのではと、他人事ながら心配した次第です。

(役員:浅葱斑)

 

我が家のヤギについて (2018年4月)

                      

 去年の1月30日に高校のころから飼っていたヤギが亡くなり、少しの間は次のヤギは飼わないでいようかと家族で話し合っていたのですが、GW明けあたりから父がやはりヤギがいないと寂しいと言い出し、7月に新しい雌のヤギを1頭飼い始めました。

 ヤギが2頭に増えたのは12月中旬頃。
その日の夜いつもはあまり鳴かない子がずっと鳴き続けていたので、何かおかしいと兄が気づき、何かあった時のためにと兄とともにヤギ小屋まで様子を見に行ったところ、出産が始まるというところでした。

 雌が1頭しかいないのになぜ?とかヤギは2~4月に出産するのでは?などいろいろと疑問はありましたが、悩んでいる間にも子ヤギは生まれそうになりこれは大変だ!と家族全員で大慌てになりました。

 というのも、長いことヤギを飼っていたとは言え、出産させることなどなかったので、何を注意したらよいのかもわからず右往左往しながら、親せきの獣医さんにどうしたらよいかなど電話していたほどです。

 人間たちの心配をよそに、出産自体は安産で生まれてすぐは少し弱弱しかった子ヤギも、1晩たてば元気になっており、今では親子そろって庭をうろうろと巡回し、悪さばかりしております。
 
 柵を飛び越えようとしたり、庭の木の皮をはいでいったり、服をハムハム食べようとしたり、足をかけてきて踏み台にしようとしたり、頭突きの練習台にされたり...。

 それでも2頭のヤギはかわいくて、叱るに叱れない日々が続いております。

(情報管理:中道)

 

知人の鶴瓶氏との遭遇 旅先のはなし – in フィンランド – (2018年3月)


知人のボート内での鶴瓶氏

 3年前の暑い夏の夕暮れのこと。数少ない親友でもあるフィンランド人から、久々のメイルが入りました。

 「番組取材でヘルシンキに来たMr. Tsurube(笑福亭 鶴瓶)を自分のボートに案内した。NHKで今日(8月17日)放映されるらしい。」とのこと。
慌てて番組をチェックすると、「鶴瓶の家族に乾杯 海外スペシャル~フィンランド~」に小生の知人夫妻が登場、鶴瓶氏を彼らのボート船内にまで招いて、バルチック海を自分たちだけで航海する話を熱心にしていました。

 鶴瓶氏に、「4週間もの間、船中で二人して仲良く過ごすコツは?」と聞かれて、彼は「航海中はキャプテン(=夫)の決定に従うべし(” Never, but never question the captain’s judgement”).」とのボードを指し示して、「だから(”only one man and one vote” なので)ケンカはしないよ」と答えました。
                      


NHKからの御礼グッズ

事前の撮影打ち合わせ

 そして日本語のテロップには、「でも地上ではもっと民主的にやらないとね」とも付け加えられていました。このコメントには鶴瓶氏が感心。とても番組受けしていました。

 でも、番組後にこのシーンの件を知人へメイルで伝えると、即座に、「“And back in home it’s vice versa – one woman and one vote. That’s why I try to spend so much time on the see(原文のママ)”.と答えた筈なんだけど。」との返信が返ってきました。やっぱり!

 
 
 おそらくはNHKが、彼の発言を番組の趣旨に合うように、誤訳(意訳?)したのだと推察します。だって彼も、小生に負けず劣らずの恐妻家なのですから。奥様には逆らいません…

(役員:浅葱斑)

 

初めてのヘアドネーション (2018年2月)

初めて、ヘアドネーションに参加しました。
ヘア(hair)…髪の毛
ドネーション(donation)…寄付
ヘアドネーションは、小児ガンや無毛症、先天性の脱毛症、やけど等の不慮の事故などで髪の毛を失ってしまった子供達に医療用ウィッグを無償で提供する活動です。

 私が参加したきっかけは、美容院へ行く前にパソコンでヘアスタイルを選んでいた時、画面に表示された『へアドネーション』という言葉が気になったからです。
髪の毛の寄付という認識しかなかったので、ヘアスタイル選びは一旦後回しにして『へアドネーション』について調べてみることにしました。

色々と調べていく内に、NPO法人「Japan Hair Donation & Charity(ジャーダック)」事務局長へのインタビュー記事を見つけました。
「寄付をするために長く伸ばしてきたという方もいらっしゃいますが、大切な髪ですから、寄付のために無理をして切る必要も、我慢して伸ばす必要もありません。気分転換でばっさり切るというような機会に、気軽に参加してほしいと考えています。(原文ママ)」(ちなみに、こちらの事務所は大阪市北区にあります)
事務局長の、無理せずに機会があったら参加してほしいという気持ちに強く共感しました。社会活動については、以前から私も同じ気持ちでした。
                      


2.切る前にゴムで髪を束ねます

1.髪を切る前です

「気分転換をしたいと思っていたところやし、私の髪の長さなら出来そうやなぁ。ヘアドネーションに参加しよう!」ということで、自分の髪の毛を提供する形で参加しました。

 提供する髪の毛は、乾いた状態で31㎝以上必要です。
31㎝切った状態を想定して、ヘアスタイルも選び直しです。
ちなみに、31㎝という中途半端な長さは、この活動が海外から始まったので、12インチ以上という海外基準に合わせたためらしいです。

提供するには条件があります。
 ・髪を3~5束に分けて輪ゴムで留める
 ・髪の毛は完全に乾いた状態にする  などなど
個人では大変なので、私は協賛サロンですることにしました。
ヘアドネーションに登録された協賛サロンでヘアカットをしてもらうと事務局への髪の毛の送付など全ての手続きをしてもらえます。
                      


4.切った後にシャンプーします

3.切った髪の束です

私がヘアドネーションした様子はこんな感じです。(写真あり)
1.髪を切る前です
2.切る前にゴムで髪を束ねます
3.切った髪の束です
4.切った後にシャンプーします
5.髪型を整えて終了

 ロングヘアの私だったから出来る支援がある事に、髪の毛を切る直前で気付いて良かったです。いつも通りに、美容室のヘアカタログからヘアスタイルを選んでいたら、気付けませんでした。何がきっかけで人の役に立つことが出来るか分からないものです。
                      


5.髪型を整えて終了

 1人の髪の毛ではウィッグは作れません。
1つのウィッグの作成に20~30人の髪の毛が必要だそうです。
そして、長い髪の毛に憧れる子供もいます。
ロングウイッグの作成には50cm以上の髪の毛が必要になります。
 次にヘアドネーションをするなら、せっかくなのでロングウィッグ用の材料として50cm以上の髪の毛を提供したいです。
しかし、身長150cmの私が50cmの髪の毛を提供できるくらいに伸ばすとしたら、後ろ姿がかなり不気味すぎるでしょうか…

(総務部:貞子)

 

インドのカレー料理 旅先のはなし – in インド3 – (2018年1月)


カレー屋?の厨房

カレーとナン

 インド人はふだん何を食べているのでしょう?人口が12億1,000万人を超え、民族や宗教の「るつぼ」の国ですから、「これだ」などと特定はできません。でも日本で言う「カレー」、すなわちマサラなどの様々な調味料を用いた料理がベースのようです。

 ホテルの朝食にも、香辛料の臭いがプンプンするスープなどが並んでいます。小生は辛いもの好きなので、朝からタンドリーチキン・マサラなどを好んで食べます。香辛料の旨みがあった上で、後から辛さが出てくる味付けは、唐辛子の辛さだけが売り物の日本の「辛口カレー」とは違います。

 でもカレーと言えば日本にも「横須賀海軍カレー」、「佐世保カレー」、「大阪名物 自由軒」と色々なカレーがあります。では日本のカレーをインド人に食してもらったならば、果たして、どのカレーを一番美味しいと感じるのでしょう?

 最近はレトルト・カレーが沢山あるので、「ボンカレー」や「ククレカレー」、そして「函館 五島軒カレー」などをそのまま当地に持ち込めます。街を行く人や、黙っていても向こうから寄ってくる子供たちに食べてもらい感想を聞けば実験となるでしょう。物珍しさへの関心は高そうですから、テストの母集団に必要な人数は簡単に確保できそう。

 インスタント・ラーメンを全世界に普及させた日本の食品産業ですから、きっと味付けは好評だろうとは想像がつきます。もし再度インドへ仕事で訪れる機会があるならば、沢山のレトルト・カレーを持参して是非試してみたい。

 でも、きっと問題は、実験に協力してくれるインド人が、「自分が食べさせられているのがカレーだと理解してくれるだろうか」というところに尽きるかと思います。ヤレヤレ・・・・

(役員:浅葱斑)

                      


涼しい路上でお昼寝

素っ裸になって池で泳ぐ子供たち

 

木津卸売市場の歴史 (2017年12月)

 浪速営業所の近くには、300年を超える歴史を誇る大阪木津卸売市場があります。
「食い倒れのまち」大阪の台所として、大阪市民の生活を支えてきました。そのルーツは平安時代にまで遡り、朝廷のお抱え商人・供御人(みくりやくにん)として主に魚介類を奉納してたとも伝えられています。
 現在でもそのなごりを目にすることができ、大阪を代表する戎祭では、木津市場から古式にあわせて由緒ある鯛(戎鯛)が奉納されています。

 そんな木津市場の原型は、今から約300年前、1710年頃に各人がそれぞれの商品を持ち寄った野立ち売りにあります。
それから約100年、1810年当時の大阪代官・篠山十兵衛景義の尽力により市として管許されるに至り、ようやく市場としての存在をみとめられることになりました。この当時は、現在と異なり大国神社北西部一帯に位置していました。

 大正12年、中央卸売市場制度が設けられこの制度では、【中央卸売市場は一都市一市場が原則】と定められており大阪でも木津市場が閉鎖されることとなり、大阪市や中央政府をまきこむ時代劇さながらの大騒動だったと伝えられています。その後、昭和13年には、現在地に移転し木津卸売市場と改称。

 戦災の影響で一時期廃場ともなりましたが、昭和25年、旧市場関係者有志により完全民営の卸売市場として再開場をはたします。
昭和48年には、大阪木津地方卸売市場と改称し日本最大級の規模を誇る民間の地方御売市場として現在に至ります。

 以上、木津卸売市場の歴史をご紹介いたしました。

(事業部:TOSHI)

 

高原の爽やかさ求めて・・・ (2017年11月)


脇腹に槍が刺さり、息も絶え絶えなライオン像

 日本の蒸し暑い夏、どこかに涼しさを求めて逃げ出したくなりますね。私は今年の夏、念願のスイスを旅することにしました。

 私は山登りが趣味なので日本アルプスの山々に行きましたが、ヨーロッパアルプスの雄大な自然に触れるのが非常に楽しみでした。スイスは九州よりやや小さい面積に大阪府より若干少ない人口で6割を山岳地帯が占め、平均標高1,700mで、このうち4,000mを超える山が48あるような自然豊かな国です。
 ただ物価は非常に高くレストランで注文したワインやビールは日本より高いなと思いました。今や観光が有力な財源となったスイスですが過去は観光も精密産業もなかったため、優秀なスイス兵を傭兵として送り出し、外貨を得ていたそうです。ライオン記念碑はルイ16世とマリー・アントワネットを守ろうとして命を落とした傭兵を悼んで造られました。尚、現在もローマのヴァチカン宮殿の護衛をスイス兵が担当しているそうです。

 さて今回のツアーは出来るだけ登山列車に乗り、ユングフラウ3山【ユングフラウ(4158m)、メンヒ(4107m)、アイガー(3970m)】とフランスとの国境にあるモンブラン(4810m)そしてイタリアとの国境にあるマッターホルン(4478m)に触れるという欲張ったコースでした。


ツェルマット駅前広場

 天気には恵まれ、快晴が続きましたので気温も平地で25~27度と暑いぐらいでしたが、モンブランを見るためにシャモニからエギーユ・デュ・ミディ展望台(富士山より高い)までロープウェイで2800mほど一気に登ったら、ここは-8度と厳寒にさらされます。したがって服のこまめな調整が必要でした。もっとも万年雪を頂くモンブランは頂上だけ雲が囲みよく見えなかったのは残念でした。次に向かったのがマッターホルンの麓で、世界的に有名な山岳リゾート地のツェルマット。ここはガソリン車のない村で、ガソリン、ディーゼル車はこの村から離れた所にある駐車場に止め直通列車で行かなければなりません。
 荷物は写真のような電気自動車か馬車でホテルまで運んでくれます。ここまで環境に気を遣っていてもこの地も温暖化の影響を受け、年々氷河が溶けてやせ細っているそうです。ここで2泊でしたので朝焼けに染まるマッターホルンを見るチャンスが2回ありました。


朝焼けに染まったマッターホルン

山岳ガイドに案内されハイキング

湖面に映る逆さマッターホルン

 この地でマッターホルン全体がよく見える場所は限られており、ある橋の上の狭いエリアでした。そこに朝5時に起きて行くともう人だかり。日本人、中国人、韓国人の東洋人だらけ。西洋人はほとんどいません。西洋人は早起きが苦手なのかも。皆がカメラを持った手を伸ばすのでなかなかいい写真が撮れません。隣に立っていた中国女性は前に立っている男性の頭が邪魔だったのか、片手で男の人の頭を横に払いながらシャッターを切っていました。逞しい!

 


高山植物

高山植物

 朝焼けのショーも終わり、その日はゴルナーグラート登山列車で展望台に登り、マッターホルンや4000m級の峰々、そして長大な氷河を見た後、下山の時に山岳ガイドに連れられハイキング(初級:2時間程度)を楽しみました。
 ガイドは見える山々を説明したり湖面に映る逆さマッターホルンの所へ案内し、高山に咲く花を細かく教えてくれます。またタレントのイモトが昨年アイガーに登頂した時の話も。山岳ガイドに依頼した時、共にザイルに命を託すことになるので依頼者の登攀技量をテストするそうです。でもイモトは一発で合格したそうです。さすがですね。
 ガイドの案内も終わり、後は登山列車に乗り下山することが一般コースになっていましたが、私はもう少し歩きたかったのでこの先のルートをガイドに聞いた所、迷うことがなさそうなので、さらに歩いて下山しました。スイスのハイキングトレイルは地球の一周より長い、総計6万kmあると言われ、標識もわかりやすく道も整備されていると聞いていましたが実際歩いてみてよくわかりました。


ゴルナーグラート登山列車

整備されたハイキングトレイル

 ここで水の話を少しすると、山の谷間を川が流れていますが白濁しています。上高地の梓川のイメージではありません。アルプス山脈は世界で最も良質で高純度な石灰が採れます。したがってこの時期、氷河が溶けるときにこの石灰岩を削りながら川に流れ込むからです。
 また、スイスは町なかで噴水(泉)をよほとんどの噴水(泉)は装飾や趣向の凝らした形などしていて見ていても楽しくなります。
 この泉のほとんどは飲めるそうで、私はホテルの水道水やレストランのテーブルに置かれている水も飲んでいました。水の心配がない旅は楽です。以前エジプトに行った時は、飲むどころかうがいすらするなと注意を受けました。手を洗っても心配が尽きないのでストレスの感じる旅だったのを思い出します。
 今、日本には多くの外人が訪れていますが、この水の恩恵を感じていることでしょう。心配のない水の豊かな環境、これは国の大きな財産かも知れません。             

(役員:岡崎)

ベルンのメインストリートにある泉

民家の間にある泉

 

ハワイで見た水道水の復権 ― 水をめぐる文化・文明 (2017年10月)


アメリカ人は1時間に300万本のボトル入りの水を消費
ボトル入りの水のコストは水道水の約2,000倍

水道水にかえろう

 
 日本では「エコバッグ」を持ち歩く人がずいぶん増えた。スーパーやコンビニのレジ袋の削減に、確実につながっていると思う。一方「マイボトル」を持ち歩く人も増えている。が、PETボトルの削減につながっているかどうかは怪しい。

 
 この夏、ハワイ・オアフ島に(日本酒の仕事で)行く機会があって、ホノルルで3泊、島の北部で2泊した。ホノルルは日本人の家族旅行ご用達の大型ホテルに泊まったのだけれど、部屋には自動的に毎日2本の500mlPETボトル入りの水がサービスでおかれる。
 常夏のハワイで2本では足りないから、毎日ロビーのコンビニ売店で何本か買い足したのだが、多くの宿泊客も同じ様子だった。これは1,700室ある巨大ホテル。1部屋3本としても、1日5,100本(!)、1年186万本(!!)のPETボトルのゴミが出る勘定である。

 ホノルルで3泊した後、島北部のタートルベイ(海亀がくるのでついた名前)のホテルに移動した。
部屋に入ってみるとPETボトル入りの水はなくて、こんな水筒(中身はカラ)がおいてあった。(横の空PETボトルは私が持ち込んだもの)
 「再利用可能な水筒。飲み口にかぶせてあるフィルムの封を切ったら5ドルチャージされます。これを購入すると、当ホテル内に多数ある給水ステーションで自由に水をくんでいただけます。この島の美しさを保つために協力頂きありがとうございます」と、首かけに書いてある。PETボトル入りの水は1本1~2ドル。5ドルであれば十分元が取れるし、そしてもちろん、PETボトルのゴミが出ない。
 
 このホテルでは、売店でもPETボトル入りの水は一切販売していない。近くにゴルフ場やテニスコートがあるが、そのクラブハウスでもPETボトル入りの水は販売していない。その代わり、各所に写真のような給水ステーションがあって、皆さん、自由に水をボトルに入れている。お陰で、このホテル一帯ではPETボトルのゴミはほとんど出ない。そして、当然、水道の需要も増える。

 もう一枚の女性の写真は、ホノルル空港(今年から改称して正式には「ダニエル・K・イノウエ空港」、日系人初の上院議員の名前)で撮影したもの。空港にもマイボトルに水がくめる施設があった。こちらはもちろん無償。

 イラスト2枚は、ウェブサイトで見つけたもの。「アメリカ人は1時間に300万本のボトル入りの水を消費」「ボトル入りの水のコストは水道水の約2,000倍」「水道水にかえろう」。日本でもやるべきだと感じた。(水筒と女性の写真は筆者撮影、その他はネットから)                                                     (以上)                     
 

(役員:S.Roan)

 

新日本プロレス (2017年9月)


 「新日本プロレス DOMINION 2017.6.11 in OSAKA-JO-」大会を小学4年生の娘と観戦しました。
行くことになったいきさつというと…….

 さかのぼること38年前、小学4年生の私は新日本プロレスに彗星のごとく現れたタイガーマスクに心をがっちり鷲掴みにされ、どっぷりプロレス小僧になっていました。
その後時代は格闘技ブームになり、私もプロレス、ボクシング、キックボクシング等、何でもござれの格闘技観戦オタクになっていきました。
マイク・タイソンが日本で試合をすると聞けば、東京ドームに駆けつけ、旅先で知り合った大学生がキックボクシングでプロデビューすると聞けば、後楽園ホールへ応援に行きました。
先輩、岡部さんの息子さんのボクシングの試合が四国であり、小型プロペラ機に乗って会場に向かいました。あのプロペラ機、「墜落するんちゃうか?」思うぐらい揺れて怖かったな~。

 プロレス・格闘技ブームも世間から過ぎ去り、私のプロレス愛も冷めていき、20数年が経った今日この頃。テレビ欄をチェックしていると、日曜の深夜2時半からアニメ「タイガーマスクW」と「ワールドプロレスリング」を発見。早速毎週録画し、休日に娘とじっくり鑑賞。
私の陰謀により、小学4年生の娘は立派な「プ女子」に成長し、今回のプロレス観戦となった訳です。

 さて当日、会場に来場すると昔、私が足を運んでいた男くさい客層とは違い、家族連れ・女性ファンばかりでビックリ!来場者数は、11,756名(満員札止め)
ビックマッチで人気カードが目白押しのため、第1試合から会場の雰囲気も最高潮!!「プ女子」の娘も声を枯らして声援を送り続け、試合開始16時~メインイベント終了20時半まであっという間の時間でした。

 ちなみに、メインイベントは、IWGPヘビー級選手権「オカダ・カズチカVSケニー・オメガ」、セミファイナルはIWGPインターコンチネンタル選手権「内藤哲也VS棚橋弘」
皆さんも名前だけでも覚えていてください。

(事業部:344)

 

 

旅先のはなし – in イングランド2 – (2017年8月)


プラットホーム 93/4


 ある朝に目が覚めると冴えない毎日の現実がバラ色の世界にがらっと変わっていた、との手品は残念ながらないのでしょうが、時に魔法の国へと想いをはせることは、大人にも必要かと思います。

 ロンドン中心街の北部に位置する、英国鉄道の鉄道ターミナルのひとつキングス・クロス駅には、御存じのように「9と3/4番線」があります。ここは、ハリーポッターがホグワーツ特急に乗って、スコットランドの魔法魔術学校へと出発するプラットホームがあるところ。

 正式には魔法使いしかホームへは入れないのですが、心が澄んでいる子供であるならば、たまに潜り込めることがあるとのこと。だから、我こそはとホームの壁を通り抜けようと試みる少年や少女の姿が、今でも絶えません。

 実際に「9と3/4番線」に辿り着けた人も何人かいるそうですが、残念ながらマグル(普通の人)である私たちにはホームが見えないので確かめようがありません。また幸運な体験をした純真な子供たちも、親や友達に「秘密」を語ることはないようです。

 あの妖精のパック(Puck)だって、誰もの目の前にいて悪戯を仕掛けている筈なのですが、殆どの人が彼の存在には気づいていないようです。

 とある賢人によれば「人は見たいものしか見ない」のだとか。では、色んなものが見えるようになるには、どうすれば良いのでしょうか?

(役員:浅葱斑)

 


キングス・クロス駅


国会議事堂

 

「スポーツ観戦」について (2017年7月)



皆さんの好きなスポーツ観戦は何ですか?野球、サッカー、テニス、ラグビーetc…オリンピックの時などは毎日、寝不足になる方も多いのではないでしょうか?

私は学生時代にバスケットボール部に所属していたので、バスケットボール観戦も好きなのですが、一番好きなのはサッカー観戦です。
特に地元が豊中ということもあり、ガンバ大阪を応援してます。
Jリーグができてから、ずっと応援しているので、25年ぐらいになります。

テレビで応援するのも良いですが、競技場に行って応援するのは臨場感もあり、とても盛り上がります。
ガンバ大阪のホームグラウンドは、一昨年まで万博競技場(大阪広域水道企業団の浄水池の上にあるのです)でしたが、昨年市立吹田サッカースタジアムが完成し、ホームグラウンドは新スタジアムの方に代わりました。
青を基調とした、すばらしいスタジアムです。
熱狂的なサポーターはゴール裏の席で試合中、声を出し応援されていますが、私は少し離れた所から落ち着いて観戦しています。(時には声も出します。)

サッカー観戦以外にも選手が使用するロッカールームや来賓の方が使うVIPルームなど、普段、入ることのできないバックヤードツアーがあり、参加したことがあります。

試合観戦は市立吹田サッカースタジアムだけではなく、天皇杯の決勝に勝ち進んだ時には、元日に国立競技場まで応援に行くこともあります。
国立競技場は現在、東京オリンピックの為に建て替え中ですが、
取り壊される前の国立競技場で決勝戦を見たことは、元日の独特な雰囲気の中、厳粛な感じもあって、貴重な体験でした。
新しい国立競技場にもぜひ、行ってみたいです。

毎試合、スタジアムまで観戦しに行くことはできないですが、好きなチームの勝ち負けで一喜一憂しながら、応援できることはとても楽しいです。

甲子園や京セラドームなど野球観戦に行かれる方は多いと思いますが、サッカーのルールを詳しくなくてもそれなりに楽しめると思うので、一度、足を運ばれてみてはいかがでしょうか?

(技術部:郷田)

車の安全運転 (2017年6月)

 僕は地元メンバー(約10名)で数年前からオートバイのツーリングクラブを作り、年に数回ツーリングに行っています。
(現在冬眠中のため、バッテリーが心配)

 これからがツーリングの最高の季節を迎えます。大きい団体(ハーレー軍団)には少し負けていますが、単身でのツーリングの方々との色々な出会いがあって、それなりに楽しんでいます。昨年メンバーの何人かが九州方面への弾丸ツーリング(金曜日の夜~月曜日明け方~そのまま出勤)を企画していましたが、いまだ未定のままです。僕は遠慮させてもらいますが・・・

 僕の乗っているのは、ホンダCB1300と言うオートバイで、最高時速270km、重量370kgの高重心なので、取り回しがとても重く難しいです。(数回こかす)狭い道路のUターンは出来ない為、数人に手伝ってもらっています。
ブレーキもABSではなく、旧式のディスクブレーキなので、数台で走行していると僕は1.5倍の車間距離を取らないと止まれません。また、直進道路を走行していると信号の無い横道から車が現れ、停車するのか、前進するのか、と思っていると前進してきてあわてることがあります。

 皆さん、車に乗る時は車間距離と、スピードの出しすぎに十分注意しましょう。

 

(技術部:垣内)

 

大和郡山 「金魚の町」 (2017年5月)

  

 今回は、私が勤務している大和郡山 「金魚の町」 をご紹介したいと思います。

 金魚といってもその歴史は古く、今から約2000年前、中国南部地方で野生のフナの中から赤色のものが発見され、 これを原種として、今日の金魚に至っています。 
 庶民の間で流行したのは、明治年間といわれ、大和郡山市における金魚養殖の由来は、享保9年(1724年)に柳澤吉里候が甲斐の国(山梨県)から大和郡山へ入部したときに始まると伝えられています。幕末の頃になると、藩士の副業として、明治維新後は、職禄を失った藩士や農家の副業として盛んに行われるようになりました。大和郡山の水質また、水利に恵まれた農業用溜池が数多くあり、溜池に発生する浮遊生物(ミジンコ類)が金魚の稚魚の餌に適していました。このような有利な条件が備わっていたことも幸いし、養殖技術の進歩に伴い生産量が年々増加し、 国内はもとより欧米諸国や、東南アジアまで輸出されることとなりました。  
 しかし、近年は都市化に伴う水質汚濁等の環境悪化などで生産量は減少したものの、 養殖農家約50戸、養殖面積約60ヘクタールで、年間金魚約6,000万匹が販売されています。

 私の子供のころには駄菓子屋さんでも金魚すくいをすることができ、よく通ったことを思い出します。そうそう名前は通称 「アンパン屋」でした。そこには、ふくよかなお母さんみたいな存在のおばちゃんが居て、いつもニコニコ相手をしてくれました。


 かき氷なんかも売っていて、注文するとおばちゃんは、外に出て行き、箱の中のオガ屑の中から大きな氷を取り出してきて、削り機に氷を乗せ、もなかの皮みたいなお菓子で出来た器にかき氷を入れてくれるので、いつも最後の方は器が破れ手がベタベタになっていたことを懐かしく思い出します。

 最近では金魚すくいが出来る場所は少なくなっていると思いますが、さすが金魚の町大和郡山。金魚すくいの出来るお店はもちろんのこと、町のいたるところで金魚にお目にかかることが多くありますので少し紹介します。

 まず有名なのが金魚の電話ボックス、今では電話ボックスそのものも貴重かも知れませんね!そのほかには、マンホール蓋、街灯、金魚が泳ぐ紺屋川、そして全国金魚すくい選手権大会が開催される金魚スクエアまであるのです。是非一度大和郡山に足を運んでください。お待ちしています。


 

 

(事業部:義村)

 

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